たちばな し

休職と復職にかかる記録残しです。ビジネス論も少しあるよ。

Pre-times1

 前職…って、いまだと前前職になるのか。その頃は派遣で仕事をしていた。先輩に当たる人が俺の派遣後数ヶ月して正社員成りした。正社員になって職歴ロンダを目論んでいた自分としては、同等の知識と技術をつければ希望が持てると思い前職ではアメーバが偽足を伸ばすように本来の業務から少しずつより高度で広範囲の業務にも手を出していた。

 部署は2チームからなっていた。汎用の商材を扱うチームとやや特殊性の高い商材を扱うチーム。私は汎用の商材の方にいた。特殊性の高い方のチームは出る数の少なさから人員も最低限だった。汎用のこっちも最低限ではあったが数がそれなりにあったので人はこっちのチームのほうが多かった。

 上記の事情から、特殊チームの方は1人休むだけでその割合が大きい。すると、特殊チームのほうがあっぷあっぷしだすのはわかった。本来は全くやる必要はなかったのだけど、既存の資料をちょっと手直しするだけなら慎重にやればできることがわかり、そのツールの使い方などは独学で覚えた。覚えた。この業界では類推が罠への第一歩ということを覚えた。

 2年半ほど勤めて、正社員成りの見込みがありそうかどうかチームリーダーの正社員に尋ねてみたところけんもほろろに「無理だね」という回答だった。「もっと言い方があるのではないか」と思ったが、塞翁が馬とは言ったもので、そのせいで割りとスッパリと「よそへ行こう」という決心がついた。3年に少し満たないくらいの3月末で契約満了ということになった。

 とはいえ転職活動してたわけでもなし、何の目星もなかった。ほどなく「この会社はどう」と紹介されたのが前職の会社。一応競合他社であったがそれまで派遣元だったところからの紹介で条件も悪くはなかった。即決したと思う。職歴にブランクを開けると面倒だという話も聞いていたので、4月の業務開始希望を出して、それも飲んでもらえた。そうして派遣で入ったところでひょんなことから正社員になるのだからめぐり合わせとは全くわかったものではない。希望は持ってみるものだと思った。

メモランダムIV

メモランダムIV

 一気に書き終えて「そういやあ他人様をボンクラ呼ばわりした割には理由も書いてねなあ」ということを思い出して、ちょっと書いておかないと「ママーあそこに頭のおかしい人がいるよ」状態だよなあと気づき、少し書いておくことにします。

 まず前提として私が従事していたのは集団での業務です。外見上個人個人を区別する必要性に乏しく、それで/かつ、チームワークが求められるものだと思っています。で、私が蛇蝎視してる人は揃ってガン無視決め込んでくれました。助け合いとかなかったですね。もちろん休んでる間に他人が業務量の肩代わりしてるとかいうことは当然のこととしてあったと思いますが向こうも休んでます、まあ助け合いの一形態ではあるのでしょうが、そういうことでなく意思疎通を伴う、相互認識下で能動的に行われる助け合いやフォローというのはまあなかったです。もちろん向こうが席次が下というのであれば別ですが、、、妬んでるだけと言われれば否定はしきれません。私も「男の嫉妬はみっともないなあw」と自分に何度も言い聞かせていました。でも辛いものは辛かった。
 Wについては人の話に何度も何度も割って入ってきては話と私の心を折っていってくれました。言わないとわからないのに言わないお前が悪いわけでそれも逆恨みじゃんと言われれば否定はしきれません。でも言って分かる日本人は言わなくてわかる日本人です。言ってわからない日本人は何度言ってもわからない日本人です。なんで「人」じゃなく「日本」人に限定するのかというと、外国人のほうがやりやすかったからです。言わないと分からないところスタートというのが共通認識だったから。コミュニケーションに甘えがないんで。その点相手が日本人だということで私に甘えがあったでしょと言われればはいおっしゃるとおりでございます。
 まあそれにしても「意識合わせをする」ということについては希薄でした。以前の職場がそれを強く意識させていただけかもしれませんけども。

 大木にナタを1回打ち込んだくらいで倒れることはありません。細い木なら一発で叩き折れるかもしれませんが。しかしながら入れ代わり立ち代わり何度も何度も斧の刃を叩きつけられ少しずつ少しずつ削られていけば、最後には切り倒せます。雨垂れ石を穿つみたいなもんです。人間の精神なんてそんなもんですよ。

 私は文系出身で物理ほとんどわからないのですがちょっとしたことで電気回路をかじったことがあって、そこにはコイルがキャパシタ(コンデンサー/ちょっとした電池的なはたらきをする部品)として機能するみたいなことが書いてあって、電流が流れて磁気が発生してその磁気により誘導電流が発生して、そういう順序で最初に流した電流より遅れて第二の波としての電流が起こるところが一瞬電池的に機能するそうなのです。
 ストレスって似たようなもんで1回の事柄が思い出したり似たようなことがまたあったりすることで時間差で何度も何度もパルスとしてストレスが発生するのですよ。でも頭のなかではそうは考えていたくないからそれはノイズなものだから結局思考回路をぐっちゃぐっちゃのごっちゃごっちゃにしてダメにしてしまうのですね。何らかの原因でノイズフィルターがだめになっているところにノイズをうまく乗せれば回路がぶっ壊れます。たとえちゃんと設計されてちゃんとテストを通過した電装製品でも、電源のとり方を間違えると破損が多発します。普段なら普通に我慢できるものも我慢できなくなります。
 また比喩と比喩でない話の間とを行ったり来たりしますが、ごく小さな騒音というのがまさにそうらしくて、人間って小さな音でも一度気になって聞こえだすと器械で測ってもわからないようなごく小さな音でも気に障って仕方なくなるそうです。これがクチャラーとか貧乏ゆすりとかすごい体臭とかだとはじめからつらいわけですが、不思議なもので納豆とかくさやの匂いみたいに慣れるものとクチャラーの音みたいに慣れないのとありますね。たぶん自分にとって良い記憶が関連付けられるか否かの違いなのでしょう。人間の行為の場合はその裏にある意図というものをどうしても読みたくなってしまうものですから、「良くなる」ってことがまあないのですね。ついぞ評価が好転するということはありませんでした。
 私の場合は色々と周囲との相性も悪かったのでしょうね。相性ばかりは個々を責める訳にはいかないのは頭では理解していますが、まあそりゃあ煮え湯ばかり飲まされましたね。出されれば煮え湯飲めば煮え湯でした。

 たぶん関わった人々が1人とか、たくさんいても入れ代わり立ち代わりとかならまだなんとかなったのかもしれませんが、流石にねえ、1対3のボクシングとかやってらんなかったですよ。こんなんで14ラウンドもつわけ無いです。それでも11ラウンドと数十秒よく耐えたと思います。

 いろいろな失意の中この職場を去ることになったわけですが、それまで続けられたのば部署外の人とのつきあいもしてたからですね。それでガス抜きしてました。なのでそういう人から「お前はもういいわ」という扱いを受けたのは背後から撃たれるような効き方がありましたし、部署外との情報交換に介入を受けたというのはモチベーションが下がりました。まあ管理側からすれば当然のことなのでしょう。それでも不信感の大きな人から頭ごなしに叱責されるというのは反発心しか産まないものですよ。会社に貢献したくないわけではないですが、かといってこの部署に所属している限り部署に貢献しないと会社に貢献できないわけで、そして、もはや貢献してるって実感も無くなってて、そんな状態じゃあ給料泥棒だよねと。まあ、そういうことになりました。給料泥棒がいいやと開き直れたりもっと自己中心的な性格だったらよかったですね。「いやお前十分自己中やぞ」というご指摘があればそれも尤もということかもしれませんけども。

 そういうわけで、過去の失敗は過去の失敗として、変えられない過去の踏み跡は過去の踏み跡として、次に打つ手のことばかり考えて過ごす日々を過ごしております。

メモランダム26

メモランダム26

 アニメなら2クールですね。ひとまず最終回です。

 はじめは3ヶ月で復職するつもりで有給休暇は10日以上残していました。年末で、つまり昨日でぜんぶパアになる対象だったのですが、言ってみれば「1日休んで何万円かもらえる券」なわけじゃないですか。経済学的な視点からすれば経済学上の自然人は「もっぱら「経済的合理性」にのみ基づいて、かつ個人主義的に行動する」のが前提ですからこれをみすみすドブに捨てるか?という話です。今年のノーベル賞経済学賞受賞者を思い出しましょう。人間経済合理的にはまず動かないものでしたね。
 ともあれ、休み中出来なかったいろいろな知識のキャッチアップも必要だし、何しろ見たくない面を1日見なくて済む権利ももれなくついてくるのだからこの権利を使いたくないなんてことはありません。全部使い切りたい。でも使い切るとなると12月いっぱい不在となるので遠慮しましたよ。今週いっぱいの使用で我慢することにしました。チームの内半数以上に怨みはないですが、顔合わせてないAと不意に顔合わせてポリス沙汰のトリガー引かされるとかとかゴメンですからね。君子危うきに近寄らずです。Wの声だって聞いてて虫酸が走る。聞きたくねえ。そのためには私には有給の消化が望ましい。そういうことです。

 上長から数日後呼び出しがありました。
(1) みんながどう思うか考えてるか?
(2) 第2四半期第3四半期と事情があって皆休みを取れていないので辛抱して欲しい。
(3) ちょっと忙しくなるはずなので辛抱して欲しい。
(4) 俺が社長ならみんなが必死に仕事してるときに「僕は休みます」なんて言うやつはクビだ

 一字一句間違いなく覚えているとはいえません。要点は抑えているつもりです。録音しておけばよかったな。
 3つ目は時季変更権の行使として是認できます。そう言われちゃ仕方がない。
 1つ目については休養に入る際に皆の心配など無視することを決めて休養することにしたのです。みんながどう思うかなんて同調圧力より自分の身体と生命の安全を優先ししたのです。同じことです。何が悪いか。(まあそんなことを口に出してはいないわけですが。) 不満だろうが心配だろうが私の知るところではないっての。俺の健康の安全くらい自分で確保させてくれ。何しろ想定外の復職拒否されるほどひどかったわけなんだぞ。

 2つ目は書いてて思い出したのですが、正直そんな自分の管理能力の低さをこちらに転嫁されても困惑以外にすることがないです。それでも休み取らせるのが「いい会社」なんじゃないですか。私なら有給休暇付与初日に年内の消化計画を提出させます。9割は計画に書かせます。1割位は急なことで必要になるかもしれないから残しておいてもいいでしょう。被った分はすぐ調整すればいいでしょう。喫緊のものでなければ。そもそも日本人は同調圧力で休み取りづらいと思ってるっていうのは半ば常識のはずです。意識高けりゃそんなの知ってんでしょ。それを同調圧力で権利行使を阻止するか。俺の不調が加速し始めたのはいつからだ。もう嫌われる決意もずっと前についてんだよこっちは。じゃなきゃ休めもしねえよ。そういう話です。

 4つ目に関してはもはや言語道断です。「それでも休むならずっと休みだ」って言ってるのと同じでしょう。録音してたら相対して労基に直行案件だよ。一体この会社管理職研修で何やってんだ。

 このとき私もちょっと不思慮がありまして、まあ先程書いたとおり嫌な奴の顔見て気分を害したくないだけだったのですが、下手な婉曲をしたのですね。そしたらダメな筋に進んでしまったようで「健康に不安があるならまた休め。そうでなければ問題ないって診断書貰ってこい」という話になりました。人事も同席でです。人事も同調しました。まだ本調子でない私はこのときこの発言がどれだけ理不尽か気づきませんでした。診断書を貰いに行って主治医から「そんなのおかしいよ」といわれ、産業医から「安全配慮義務があるからね」と言われ、ようやくこのおかしさがようやく言語化できるところまで理解できました。
 「なんで会社側が負う安全配慮義務が、俺の金で診断書を取得するという会社側が全く義務も負担もない方法によって成し遂げられなければならぬのだ」と。休ませればそれで安全配慮義務果たしたことになるんじゃね?と。

 わたしは大人なので今週はきちんと営業日全部出勤しました(は~と)

 そしてこの上長の信頼残高は0になりました。4つ目だけで信頼残高0になるのに十分なのですが、この上長以前に「みんな言ってるよ」なんていわれて「みんなって誰?」って尋ねても良くてせいぜい2人か3人しか名前出てきやしねえ。大概は本人だけのくせに「みんな」っていいやがる、そういうことを言ってたわけです。それなのにそこでみんなって言われてもねえ… 筋通ってないよ。悪いけど納得しかねるよ。

 ちなみに「みんな心配するから」「私達嫌われてるのかしらって思う人もいるから」みたいなことはこのあとにも再度言われました。また別件ですが。「みんなって誰だよ。自分で「これこれこういうわけで他意はないから」って自分から説明するよ」って言いましたが、口を濁され、なんだかんだ言って次々に理由を持ち出して業務時間外のことを強要しようとしました。本当に呆れた。
 「理解して理解される」ねえ。なんで俺がこんなに強硬なのかあんた理解してるか。上長さんよう。言いたくなったけど私は大人ですから言いませんでしたけど。
 後出しでずるく思われても仕方ないですが、「そっか、出たくないのか、じゃあみんなの心配は俺がなんとかなだめておこう。でも次は出てくれないかな」とか新たな提案だったらもっと受け入れたいと思ったかもしれません。それこそ「理解して理解される」のやり方じゃないのかと思うからです。「今回だけ!今回だけ!」でもひょっとしたら受け入れたかもしれません。
 しかし、「理解して理解される」という言葉を悪用して「何が何でも俺の思うとおりに行動しろ」というつもりである地金が見えてしまってる以上、私の意地にも火がついてしまっています。この上長が私の操縦法に気づかない限りは関係修復はもはや無理でしょう。(俺ってなんて面倒くさいやつなんだ)
 あと、「みんなの心配」という用語を用いてかけてくる同調圧力も大嫌いでした。私は他人の心配などしないからです。薄情だというのではありません。無事を信じるからです。心配は心配している本人の事情に過ぎません。私みたいに「絶対無事を信じるから安心して見守ることにする」と固く心に決めている人間のことは理解できないでしょう。だから「Seek first」が頭につくのです。「To understand, then to be understood」だけじゃないのです。分かり合えないのが前提で、それでもなお理解をしようという姿勢が人の心をうごかして相互理解につながるものだと私は信じます。7つの習慣自体はだから否定してません。誤った理解と思うものは否定しますけど。

 私は私自身過去に不義理何度かしてまして、涙の味のパンも食いました。だから、、、といってもつながらないのですが金や名誉フリーの私利私欲(例えばこのお客さんこういうことで困ってんだけど、手詰まりで自分も困っててなんとかこれ進展させられないものか、など)に基づく熱意や執念には割りと強く心動かされます。そういうことなら過労死しても本望というものです。過労死しちゃうと余計な迷惑かけるから多分実際は休むけどさ。そういう行動原理まで知ろうとすることが「Seek first to understand」なんじゃないですかと。7つの習慣最初に持ち出したの誰ですか。あなたでしょ。
 休んでる間も他部署の無茶振りに「理解できません」なんてコメントしてたの見ましたよ。確かに無茶振りだから受けないという判断は是認できる。でもさ、7つの習慣それだけ持ち出しておいて「理解できない」っていうのはないんじゃないの? 筋通ってないと思うよ。7つの習慣いつも持ち出してるなら「そういう希望があるのは理解した。しかしながら~」つうのが本筋でしょ。

 そういうわけで怒ってるんですけども、害意がないのは知ってます。無能で説明が付けばそれだけのことですから。ただし、なぜハンロンの剃刀なる格言が今でも生きているのかというと、人は極度の無能が悪意に見えてしまうからです。両者はとても似ているのです。善意でやったことが悪意と受け取られもします。無能ならなおさらでしょう。だったら区別をやめて無能ということで片付けてしまえという教訓です。本物の悪意はむしろ善意の形を取ってやってきますから。善意にこそ警戒すべきです。そう言えばAの「良かれと思って」に何度唇を噛む思いをさせられたか。千手観音をお連れして指折り数えていただいても足りないくらいです。「絶対これが良いと信じた」と思ってやれよ。「良いといいなあ」じゃねえよボンクラめ。

 結局この怒りはどこから来るんだろう。ひょっとしたら自分の人を見る目のなさへの自己非難なのかもしれません。あ、期待すれば裏切られるということそのものから来る「裏切られた」って間抜けた勘違いによるものかもしれません。向こうは信頼しろなんて一言も言ってないのにね。


 結局自己非難オチというつまらない手記ですがここまで読了してくださった皆様、ありがとうございます。何かの役に立ったならば、この先立つことがあれば幸甚でございます。一旦ここでキーボードを休ませたく。ありがとうございました。

メモランダム25

メモランダム25

 わりと復帰はすぐ決まりました。「翌月からでもいいんじゃねえの」と思いながらも復帰初日は月末に組まれました。「翌月からでもいいんじゃねえの」と思ったのにはわけがあって、傷病手当金の申請が月初から月末を1単位とするためです。しらべるとわかりますが、つかネットだからちょっと親切してリンクくらい探してくるか。
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/cat310/sb3040/r139
このリンク先見てもらうと分かるんですけど、傷病手当金申請の最初期は、「待機3日間」が必要なのです。で、これを前月末の3日間にすると1日から月末日までとできてわかりやすいんです。今考えればその必要性があったのかちょっと考えたいですがもう終わったことだしいいか放っておこう。
 そういうわけで、復帰月、翌月初日から復帰なら1日から末日までで手当金が算出されますが月末復帰となると「休業した期間について給与の支払いがある」ことになりはしないか、それで減額されるのではないかとという心配があったからです。でもまあいいやこれでおちんぎんのめどが立つわ。ブラリ入り免れられるわとホッとしたのはその通りです。今回分書き終えてアップロード直前に気づきましたが働いた分はおちんぎん出るわけだから手当が減っても総収入は減らんはずだわな。心配しすぎだった。
 ちなみに傷病手当金は申請しても2ヶ月も3ヶ月も支給されない間が続きます。これ知っておかないと本当に焦るからきちんと3ヶ月分の生活費は貯蓄しておきましょう。

 で、業務に復帰します。つっても半年の浦島太郎なのですぐできることなど皆無さんです。初日はおままごとしておしまいです。初月は残業禁止と難度も言われて、本当に定時に帰ってました。正直に言うと最初の1週間位はそんなに真面目に定時を気にしてなかったのですが、あまりにしつこく上長がいうものだから定時前1時間は業務処理しないことにしました。それ以外の業務に付随するよしなしごと(これも一応義務付けられて入ることです)だけやることにしました。
 なんでか。復帰4週間で4回以上の遅刻欠勤早退は座敷牢がお迎えに来るからです。金の心配しながら生きるのはほんとに嫌なのでどうしてもそれは御免蒙りたかった。まあそれでも5時間位残業しましたが。自分のミスのリカバリーは自分でするくらいの責任感はありますから。

 ストレッサーの内1人は顔も見なくて済むというのは本当に助かりました。「復帰おめでとう」なんて面と向かって言われてたらきっとポリス沙汰だったろうな。「いいアイロニックかましてくれんじゃん」って手近なところにあるファニチャーで殴打してたかも。そしたら座敷牢じゃなくてリアルジェイルにまっしぐらだったよほんとに。私がここまでAを蛇蝎視しているのには書いた他にもいきさつがまだあって、席が隣なのでなぜ業務に必要なことをろくすっぽ伝達しなかったかと問うたところ話しかけづらかったとさも私に原因があるような回答をしたからです。あんたの責務だよそれ。あんた自分の立場理解してるか。リーダー職だぞまず。その上こっちはこれからどんな情報が必要になるかなんて知らないんだから。そしてずっと前にも書きましたが「ほんっと人の話聞いてない」人なのです。私はそれでも「これも業務だから」と大嫌いなAとは必要なコミュニケーションは取っていたつもりです。まあろくすっぽ聞いてなかったようなので毎回吊られてしまえと思ってたけど。そういうわけで責任転嫁された以上過去の債務は帳消し。以下取引なし。そういうこととしました。(だから過去のことを理由に鉄パイプでホームランして人生アウトというのは私の主義上「なし」なのです)。
 SNSの友希(モバゲーが廃れた今となってはもう見ない表現ですが「友達希望」のリクエストのことですね。なんでこんな表現使うのか私で私がわかりませんが。)は速攻で削除しました。だって俺の健康に悪いもんwww 健康第一だよwww もう休職なんて金輪際勘弁だもんwwwwww

 彼の弟子たるWは誠に残念なお知らせですが見えるところにまだいました。でも離れてるからね。わざわざ出張してぶん殴るほどでもないもんね。放置です。

 業務について、過去の経験は高く見積もっても役に立つのは半分と言ったところでした。半年間回復に注力するため業務の9分9厘は情報として取り込んでませんでしたし、忘れたこともけっこうあって、新しく覚えなきゃならないことはそこそこありました。事実上の新人ですからまあそのつもりでいましたが流石に浦島太郎でした。

 

メモランダム24

メモランダム24

 復職不可判定を受けて2ヶ月後くらいに「産業医はどう言ってるの?」という主治医の問いかけで事態が動きます。そりゃそうですよね。主治医が「もう働けるよ」って言ってるのに産業医は「だめー」って言っている。復職許可の権限は主治医になく産業医にある。主治医は患者の治療、つまり「出来る限り元の生活に戻す」のが目的(だろう)。すると「じゃあこの患者、元の生活に戻せんの戻せないの?」って疑問は浮かぶはずで、その答えは産業医しか持ってない。やっぱ産業医と主治医とで連携とかないのか…と失望。
 失望してても先には進まないので「主治医が産業医の所見聞きたいって言ってます。でも産業医との再面談って復職可能の診断書がないと設けないことになってますよね。つまり復職可能の診断書書いて貰う必要ある?」と人事に照会して「診断書もらえ」と回答されました。

 ちなみに、この前に復職可の診断書もらったときは復職可の診断書貰って判定受けて不可と言われて要加療の診断書発行受けて休職続行という「まあ言い分は言われなくても理解できないこともないけど俺治ったの治ってねえのどっちなのこれアホじゃね? なんで1月に2回診断書要るんだよ」って思ってました。どうでもいいけど読点少ないな。まあそのくらい一息でまくし立てたいくらい馬鹿馬鹿しいと思ってたことは確かです。

 つうわけで産業医の所見を聞くためだけに復職可の診断書という鍵をもらいました。もちろん前回は知らなかった定時就業可(つまり時短制限とかなし)の診断書を数千円払って。誰のせいでこの金かかってんだよ。そして所見を聞きに再度産業医面談です。また前回と同じ問診票書かされて…あれ?これ前回とちがくね? 前のやつもっと回答しづらかったぞと思いながら問診票書いて再面談です。

 なんかあっさり復職OKになりました。

 ひたすらカネと労力をつぎ込まされる側としてはたしかに馬鹿馬鹿しい流れなのですが、主治医も産業医も弁護すると、検察と弁護人みたいなもんです。あまり適当な比喩じゃないけど。「休ませとけ」「いや働けんだろ」っていうスタート地点から対立する両者の意見が対立するのはある意味宿命です。つかなんで病人の俺が両者の立場慮ってんだよ。意味わからんわ。こんなんだから気を病むんだよ。

 このとき産業医から言われたのは「退屈する」ということの効用だったかな、とにかく「退屈」がキーワードでした。退屈ってのは何かやろうって気力の前触れらしく、退屈もたまには必要なようです。そりゃあそうだよな。腹減ってもないのに食ってばかりいたら太るもんな、空腹も必要だよな。なんか理屈ではには納得してないのですが感覚的には確かに退屈を多少自覚し始めてましたし、感覚ではわかりました。

 まあそういうわけで半年の失踪を経て復職するのですが、この間に大きな変革が我が社にありました。(大げさ)

 1つは、大嫌いなAが部署からいなくなったよん!
 2つは、席替えがあったから大嫌いなWから離れられるよん!

 なんで、なんで半年前に、半年前にこれがあれば俺休まなくてよかったんじゃねえの。こんな惨めな思いしなくてよかったんじゃねえの。なんで何もかも遅れてくるんだよ!

 そう悲嘆に暮れることはありません。私が時代の最先端を行っているのです。無理もありません。(わけの分からないポジティブ思考)

 次話で復職します。

メモランダム23

メモランダム23

 さて、休職の延長が決まりまして、するとコーヒー代も節約しないとならんと思ってきたのでノマドプー太郎はやめて図書館通いをはじめることになります。家を出る時刻は遅くなりはしますが、いつ復職できるかわからないわけだし、そんなに気を急いても仕方がありません。とりあえず外出が億劫になってうつが悪化しないようにあ、うつという診断書は出てないです。出てないです。産業医面談の際に「精神運動抑制 遷延化」と書かれた紙を渡されて、これを主治医に見せなさいと言われはしましたが、うつという診断名は受けたことがありません。
 で、図書館なんですけど、基本月曜休みなんですよ。で、他に週1の通院でしょ、すると、実質週3でしか通勤の真似事ができないわけです。4回やってりゃ週7の過半数ですけど、3回だと過半数割れです。あと、月曜って一番会社行きたくない日じゃないですか。だから月曜は外出することにしてました。ほら、こんなにポジティブ。うつな訳がない。(そうなのだろうか)
 月曜も開館してる図書館って意外と多くあって、運良く通勤経路からいけるところにあって、自宅近辺にもあったんです。自宅近辺だと電車に乗らなくなっちゃうのでそれは乗っておいたほうが、いざ通勤再開するときに電車がダメという理由で座敷牢に引き戻されるのは嫌なので電車は乗るようにしました。
 ただ図書館の開館待ち1時間とかは御免蒙りたいので家を出る時刻は遅くしました。まずは外出と滞在。これが目的ですから。

 経済学の本をまず読みました。まずは経済学史が知りたかった。それでわかったのがジョン・ロック国富論近代経済学の起源だったのねと。きっと中学か高校で習ってるはずなんですけど、やっぱ忘れるものだわ。そして経済学って経済の分析よりを通じてそのとおり富国の方法のためのものだったのねと。でも国富論は読んでません。
 あとはマキャベリ君主論も、これは全部読んだし買いました。事実上ビジネス書として分類ができる古典の名著として理解してます。これは読んでおきたかった。理由はそりゃあ復職後の行動の指針とするためです。なにしろ立派さや信義を優先して自分の体という国体を損なったわけですから、誤った方策は正さねばなりません。相手が誰であろうとも。
 ちなみにちょっと古いビジネス書ですが「事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか? (原題 Hard Facts, Dangerous Half-Truths, and Total Nonsense: Profiting from Evidence-based Management)」はおすすめできます。Amazon見たら中古でも送料込みで2000円くらいしますが、これは蔵書にしてもいいでしょう。原題を意訳すると「厳しい現実、つまり危険な生半可な理解が全面的なたわけになる: 利益となるべき事実に基づいた経営」ってことで多少訳しにくいのですが、「生兵法は怪我の元」って話です。他所の航空会社がうまく行ってるから上辺だけ真似して大失敗した航空会社の話とかそういうのが出てきます。俺みたいに意識高い系の人に圧力かけられてうんざりしている人向け。行動心理学、行動経済学とかと組み合わせて考えられる人には2000円の価値は十分あるかなと思います。

 さて、しばらくは言われるがまま通院して投薬を受け、定期も切れたもんだから徒歩圏の図書館を根城にし始めたタイミングで主治医から「産業医の所見が聞きたい」と言われます。

 これも時を遡るのですが、休んで3ヶ月ごろに勤務可能の診断書をもらったときは「時短勤務とかまあ会社と相談しながらうまくやっていこうよ」って感じで主治医に言われて産業医からは「おととい来な」と言われ相当意気消沈したわけですが、その折に「あ、うちの会社の復職基準、時短とかなしフルタイム稼働できなきゃ戻さないから」と通知されました。

 初めて聞いたしもっと早く言えよ主治医そんなこと知らねえよ。つか産業医に主治医の連絡先教えてんのに連携も何もないわけ?

 世の中は私が思うほどきちんとコミュニケーション取ってないみたい。あえて言おう。ねえわ。

メモランダムIII

メモランダムIII

 ブックオフの話をしたので私がどうブコフを利用していたかの話です。

 まず、小説・フィクションよりノンフィクションの方が好きです。んで、東洋経済とダイヤモンドは書評を読むことが価値の上位にありました。あとは、同僚のせいでこんな目に遭ってるという思いがあったので、マネジメント本に走りました。

 ただね、読むべきビジネス本なんて限られてます。これは本当に。下手にビジネス本に手を出しても、生兵法は怪我の元つうくらいですから、ぱちんこ行ってたほうがマシなくらいです。下手なビジネス本はやめましょう。孫子とビジネスの本もたくさんあったりしますがそれならまず孫子とその解説書読みましょう。いきなり応用覚えてマシなことはありません。まずは基本を抑える。型を身につける。それが先です。型破りな思考は型を熟知して型の欠点を知って初めてできることですし、常識にとらわれない思考も常識を知って初めてできることです「俺はなんてすごいんだ」という井戸の中のフロッグになります。それは一般的に意識高い系バカに分類されます。(私はドラッカー考えに共感して何冊か読んでますけども、それはわたしの考えた結果生み出したことをすでに知ってた大先輩がいたから「この人ならもっと知ってるぞ」って教えを乞うイメージで読んでるだけで、もし読まなければ井戸の中のフロッグにってたこと請け合いです。あ、すでになってるか。)

 私は自分の趣味というのもありますが、岩波文庫の古典の100円コーナーに有るやつをねらっていきました。これがね、岩波って書店が買い切りして仕入れなきゃならないそうで、しかも小難しい古典だから買う人少ないわけです。だから中古にも出てこない。見つけてほしいと思ったのが100円コーナーにあったらすぐ買いましょう。どうせ100円です。しかも古典だから古くなって陳腐化して価値が褪せるなんてことがありません。仮にあっても108円が107円になる程度です。元は確実にとれます。100円コーナーの岩波はおすすめです。
 私は休む前から経済学に興味を持ち出していて、経済物理学をちょっとかじって、その上で経済学の興りが知りたくなったりしてたのでマルクス資本論が欲しかったのですが、まあね、ない。100円コーナーにもなければ通常価格の中古コーナーにもない。見つけたら定価より高かったりしました。驚きましたね。
 あとは100円新書です。何かの入門書がいいです。有斐閣新書なんてあったらもうこれはしめたものです。買いましょう。いや、私の分は残しておいてください。買わないでください。
 ただし、民法とか、会計とか、制度変更でクソの役にも立たなくなるやつでもう旧世代のものは100円の価値すら疑わしいです。そういうやつの変遷を知りたいとか、変遷をまとめたいとか、そういう特殊な理由がない限り放置しましょう。
 ビジネス書で100円コーナーに有るものは、古典でない限り放置しましょう。自己啓発書として名高いDカーネギーの「道は開ける」なんかもあったりします。ただ汚かったりします。200円コーナーにもっときれいなのがあるでしょうからそっちも見に行きましょう。旧版のものだと当然改定されるべきところが改定されてないわけですから内容が時代に合ってないところも散見されるはずです。そこら辺が分かる人だけ買いましょう。そういうところが分かる人はもう新しいのを書庫に持ってるかもしれませんが。

 ビジネス書ってある意味戦略書だから難しいんですよ。泣いて馬謖を斬るって三国志由来の故事成語がありますよね。これまた戦略論の古典中の古典ですが孫子には「高いところに陣取って高さを味方につけて低きを攻めよ」みたいなことがあるんですけども、孔明は「それだと囲まれて持久戦にされたら水も手に入らなくなるしじわじわ死ぬんじゃね?」と見抜き、馬謖に「高いところに陣取るな」と命じます。馬謖は「何ふざけたこと抜かす。孫子も知らねえのかよ」って高所に陣取って大敗。軍法に則って処刑されます。
 「常識」は一旦パラダイムシフトがあると「非常識」になります。慣れない人はビジネス書に手を出すのはやめましょう。どんな本でも無駄どころかあなたを馬謖にしかねません。ペーパーバックの闇金ウシジマくん読んだほうが10万兆億倍マシです。昔からの疑問を解きたいとか、思考訓練の癖を5年以上積んでないのならば闇金ウシジマくんを読みましょう。

 あとは講談社ブルーバックスですね。これも新書サイズなんですけど、そしてまあ100円コーナーに有るのはまあ偏ってる。あまり欲しいと思うのが並んでくれない。それはわたしの行く先のぶこふがそうなだけかもしれませんがけども、ともあれ教養はあるに越したことはありません。どこで役に立つかわかりません。
 あとは、役に立つ立たない抜きにして楽しそうなら100円コーナー問わずそれでいいです。つまんねえ本読むよりは面白いやつがいいです。その点では古典化してる漫画もおすすめですが、すぐ読めちゃうのと場所をとるので「蔵書」にはできません。そこんとこあしからず。

賢明な方だとお気づきでしょうが「なんで100円コーナー推しなの」ということですが、休職3ヶ月超えてカネはなくなるでも本がないと手持ち無沙汰、ではどうすると考えた結果100円コーナーだけに注力することにしました。もしクズ本でも100円だから気軽に捨てられるしね。あと、焼けとか汚れは普通にあります。でも本の価値は見た目じゃなくてそこに書かれた思想・情報じゃないですか。私は女性と同じく汚れや経歴は気にしません。でもページの角折れてるのは直しちゃうな…

 ちなみに多湖輝監修の「頭の体操」シリーズ全巻欲しいのですが、あまりに古すぎて100円コーナーにすら出てきません。全部欲しいんだよなあ。もしあったら、一部はもう「型破り」な考えがすでに陳腐化してたりするのもありますが、100円の価値はありますよ。おすすめです。