たちばな し

休職と復職にかかる記録残しです。ビジネス論も少しあるよ。

メモランダム9

 ナインナインナインードイツ語でNO!

 つうわけで前回何書きましたっけ。ちょっとインターミッションみたいな話になりましたけども。
そういえばここのところですます調ばかりですね。語りかける、あるいはちょっとした講演のイメージで書いているのが私には向くようです。目の前に人がいてだ・である調はちょっとやらないですよね。ですます調でやっていきたいと思います。

 ここまで他者非難ばっかり書いてきたので、自己批判もしないとバランス悪いですね。自己批判もしましょう。

 新しい上司が来て、しかもまず100%の信頼から始めるという戦術ですが、これダメですね。相手がわかってくれるという前提に立ってしまう甘えを生みます。実際失敗しました。ガキの使い2人を1人で相手をするという太平洋戦争末期の日本軍よりは多少マシな程度の状況下におかれた私でしたが、「あの2人をどうにかしてくれ」って要望をしたのですが「向こうにも向こうなりの理由があるのだろう?」で受け入れてはもらえませんでした。
 今思えばそれもムリもない話で、こっちはずっと抱えている問題ですが、来てすぐの人には「そんなん知らんがな」な話ですよね。良くても「もっとちゃんと話してくれんとわからん。ちゃんと筋道立てて話せ」となるのが普通と思っておいたほうがいい。

 その一方で、サポート業務では「相手が最悪の反論をしてくることを常に予想してサポートの文面を書く」ということを心がけていたわけです。むしろ仲間サイドの人ばかりなのに。そのおかげで業務そのものでもヘマはほとんどなかったように思います。親不孝してまで大学院に行った甲斐があったというものです。しかしながら無条件に上司を「仲間だ」と勘違いしてしまう。これは良くなかった。なんで誰が仲間で誰が敵と識別されるべきかということに気が付かなかったのでしょうね。
 原因の一つには、精神的に疲弊しすぎた事があるのではないかと思います。何かに縋らないと死んでしまうような状態では正常な判断ができません。もちろん仕事上の迷惑を周りにかけないよう頑張るということは大事かもしれません。でも異常な判断を垂れ流すのはこれはこれで同様に迷惑じゃないかなと。今でこそそういう考えにたどり着けるだけ思考力が回復しましたが、いや、してるかな、不安になるぞ、まあ、とにかく、精神的にやばくなる状況はなんとしてでも避けねばなりません。頭がやられると容易に人生詰みます。私も詰みかけたと思わなければならない。
 体壊してから「人がいい」「お人好し」と言われて、どうやら私はそうらしいと気づきました。「自分」の「生存」を最優先にしましょう。もちろん心臓だけ動いて寝たきりでも「自分は生存してるよね」って話ではなく、健康で活動的でいられる状態を保ちましょうということです。そもそも人助けが仕事の消防隊員だって救助隊員だってそうです。命がけでなくてよい人が自分の生存最優先で何が悪いって話です。
 身体(というか脳みそ)壊してからは嫌なことは嫌っていいますね。そういうことにしました。これは脳みそ壊したという実績からの反省に基づく改善であって、変えるつもりはありません。まあ今の上長は前回書いたとおり「俺の言うことに従え」というマッチョ思考がベースの人ですから相容れませんね。そういうときは強硬手段を採用します。「自分」の「生存」という至上命題のためですから致し方ない非常手段です。

 あと、前述の「7つの習慣」の7つめの習慣には「刃を研ぐ(Sharpen the Saw)」というのがあるんですけれども、これを怠ったのもダメですね。いくら業務が忙しかろうがそれにかまけて「刃を研ぐ」のをしないと、いざというとき躱し身が利かず詰みます。今の私がそうです。いつでも逃げられるよう、いつクビになっても狼狽しないよう、刃は研いでおかねばなりません。もちろん、切れる刃を手放したいと思う人はそうはいないよねって話でもあります。業務は全力で全部やっちゃいけません。3割の余裕を残して、それで残った業務は「無理だね」で放り、残りの3割で日常的にしっかり刃を研ぐのが正しいと思います。毎日120%でやってるとその120%が普通だと思われます。次に来るのは150%です。これでは耐えられません。

 

そろそろ時系列での話に戻りましょうかね。